Kyoto & Osaka (Kamigata)
間口 3 間の縦長の地割りに、平入・瓦葺き・大壁の町家が軒をそろえて並ぶ。表だけ低い厨子二階と虫籠窓、細い千本格子、一文字瓦の深い庇が京の通りの顔で、道幅と建物の高さはおよそ 1:1。瓦葺きは 16 世紀末からと江戸より 100 年以上早い。京の今の町家の多くは 1864 年のどんどん焼けのあとの建て直し。震災の切れ目は無く、明治後期から本二階とガラス窓へゆっくり移る。
京・大坂(上方)・1530–1600
板葺き石置きの町家が並ぶ洛中の両側町。本卯建を上げた家と平屋が混ざり、豊かな家は本瓦。真ん中で横の道が交わる。
アトリエで開く京・大坂(上方)・1780–1868
つし二階に虫籠窓、出格子とばったり床几の京町家が並ぶ通り。長屋と白漆喰の土蔵が混ざり、真ん中で横の道が交わる。
アトリエで開く京・大坂(上方)・1853–1868
厨子二階の京町家と旅籠・茶屋、長屋と土蔵の並ぶ通り。店先の軒に丸提灯を吊り、真ん中で横の道が交わる。
アトリエで開く京・大坂(上方)・950–1185
寝殿の母屋の奥に帳台、前に置き畳と円座、几帳と屏風で仕切る。置き畳に 2 人が座り、廂に女房が立つ。
アトリエで開く京・大坂(上方)・950–1185
方 1 町を築地塀で囲んだ寝殿造の邸。南向きの寝殿の東西に対屋、透渡殿でつなぎ、中門廊の先に釣殿。南庭の白砂の先に中島のある池と反り橋、東から遣水。
元にした図・実物: 付録 A §B shinden(配置は左右対称の理想形。間合いは推定)
アトリエで開く1500–1620
1750–1900
1895–1935
1780–1900
1680–1923
1750–1880
1800–1900
1750–1900
1750–1945
1925–1945
1935–1945
1928–1945
京・大坂(上方)・1600–1700
床の間・違い棚・付書院のそろった書院造の広間。折上格天井と天井長押、透かし彫りの欄間、舞良戸の広縁。
京・大坂(上方)・1900–1945
京間の 8 畳。丸太の床柱の本床と違い棚、平書院、筬欄間。雪見障子の向こうにガラス戸の縁側。
京・大坂(上方)・1750–1930
通り庭の土間の上に、梁の渡る火袋の吹き抜け。上がった板の間は低い竿縁天井。奥に裏庭への板戸。
京・大坂(上方)・1750–1930
店の間から通りの側を見る。表の格子と、通り庭の土間の入口の格子戸。厨子二階の下の低い竿縁天井。
京・大坂(上方)・1750–1880
脱衣場から流し板の洗い場と、破風造りの石榴口を見る。京坂の風呂屋の形。
京・大坂(上方)・950–1185
桁行 5 間 × 梁行 4 間の板敷き。母屋の奥に帳台、前に置き畳と円座。母屋の前は御簾、奥は壁代、廂に几帳。外まわりは蔀と妻戸。円柱で、天井は張らない。
元にした図・実物: 付録 C §B shitsurai・§C 平安(高さは推定)
アトリエで開く京・大坂(上方)・794–1185
築地の芯々で幅 8 丈(約 24m)の土の大路。両側の築地の前に、犬行の帯をはさんで幅 4 尺の素掘りの側溝が通る(『拾芥抄』の京程)。
京・大坂(上方)・1467–1603
幅 4 間(京間)の土の道。両側の町家の前に素掘りの細い溝。道の幅と町家の高さが 1 : 1 に近い(付録 D §G-3)。
アトリエで開く京・大坂(上方)・1700–1912
幅 4 間(京間)の土の道。両側の町家の前に石で組んだ細い溝が通り、犬矢来やばったり床几が溝の際まで出る。
アトリエで開く
床の間を正面に据え、長押と竿縁天井で格を見せる客の部屋。

長火鉢とちゃぶ台を家族で囲む部屋。長屋では一間がすべて。

土間のへっついと水甕から、板の間とガスかまどへ。

帳場格子の内で番頭が帳面をつけ、客は畳に上がって品を見る。

行灯とろうそくの灯から、吊りランプ、笠の付いた電灯へ。

部屋の真ん中の炭火。長火鉢は茶の間の主の座。

嫁入りの長持と箪笥、身支度の鏡台。

一人ずつの膳から、家族で囲むちゃぶ台へ。