PDパブリックドメイン家族が食べ、話し、針仕事をする部屋。台所の近くに置き、長火鉢の向こうに主人が座り、茶箪笥と柱時計と神棚が並ぶ。「家族が集まる茶の間」は明治中期からの考えで、明治は北側の小さな部屋、大正〜昭和初期に座敷に続く南の 6 畳ほどの部屋になった。食卓は一人ずつの膳からちゃぶ台へ移り、数が入れ替わるのは 1925 年ごろ。江戸の裏長屋では、土間を上がった一間が茶の間も寝間も仕事場も兼ねた。
江戸・東京・1700–1890
間口 9 尺・奥行 2 間の長屋の一戸。手前の土間と、上がり框の奥の 4.5 畳。屋根裏の垂木が見える。
アトリエで開く江戸・東京・1885–1915
北の 6 畳。窓の障子と押入、隣の座敷への襖。長火鉢と吊りランプを置く家族の部屋。
アトリエで開く江戸・東京・1918–1940
8 畳の茶の間と、20 cm 下がった 1 間の広縁。広縁は格天井とガラス戸、茶の間は長押と竿縁天井、雪見障子。
江戸・東京・1925–1945
南の 6 畳。雪見障子の向こうにガラス戸の縁側、押入と襖。ちゃぶ台と長火鉢を置く家族の部屋。
アトリエで開く写り方・資料の種類ごとに、一覧で見られます。
CC0CC0錦絵・版本
Okumura Masanobu | Japanese, 1686-1764
c. 1705/06・Art Institute of Chicago
PDパブリックドメイン絵巻・屏風・肉筆
木子幸三郎
[昭和]2年7月20日・TOKYOアーカイブ
PDパブリックドメイン絵巻・屏風・肉筆
木子幸三郎
[昭和]4年6月6日・TOKYOアーカイブ
PDパブリックドメイン絵巻・屏風・肉筆
木子幸三郎
[昭和6年頃]・TOKYOアーカイブ
PDパブリックドメイン写真
[昭和7年頃]・TOKYOアーカイブ
PDパブリックドメイン写真
[昭和9年12月頃]・TOKYOアーカイブ
PDパブリックドメイン写真
[昭和13年頃]・TOKYOアーカイブ
PDパブリックドメイン写真
建築写真類聚刊行会 編
1942年(刊行)・国立国会図書館
PDパブリックドメイン写真
建築写真類聚刊行会 編
1942年(刊行)・国立国会図書館
PDパブリックドメイン写真
建築写真類聚刊行会 編
1942年(刊行)・国立国会図書館