市井意匠帖しせいいしょうちょう

時代から探す

時代を選ぶと、その時代の町並みの要点・場面のプリセットと、その時代の建物・室内・調度・街路・乗り物が見られます。江戸は 1716 年(享保)で前期と中・後期に分け、1923 年の関東大震災で大正と昭和初期を分けています。
  1. 平安

    794–1185Heian

    碁盤の目の大路・小路、築地塀。庶民の家は板葺きの平屋

    平安京は碁盤の目に大路と小路を通した計画の都で、道の両側には築地塀と側溝が続いた。貴族は檜皮葺きの寝殿造の邸に住み、庶民の家は板葺きの平屋で、壁は網代、入口は板扉、窓は下から跳ね上げる突上窓。10 世紀末から大路に面して小屋が建ち並び、11〜12 世紀に町家が生まれる。右京は早くに荒れた。乗り物は牛車・輿・馬。

    この時代の種類 23 種

  2. 鎌倉・室町

    1185–1467Kamakura & Muromachi

    板葺き石置き・網代壁の町屋。室町後期に低い中二階と卯建

    絵巻に描かれた鎌倉・室町の町屋は、桁行 2〜3 間ほどの小さな平屋で、板葺きの屋根に石を置き、網代の壁と板扉と突上窓を持つ。平安の町屋と大きくは変わらない。室町の末には低い中二階を持つ家や、隣との境に小屋根を立てた卯建が現れ、近世の町家の芽が出る。「暖簾」の名と屋号の看板もこのころから。武家の時代になり、牛車に乗る人は減っていく。

    この時代の種類 29 種

  3. 戦国・安土桃山

    1467–1603Sengoku & Azuchi-Momoyama

    上京・下京に分かれた京。16 世紀末から近畿で瓦葺き・塗込めの町屋

    応仁の乱(1467〜77)のあと、京は上京と下京の 2 つの町に分かれ、その間は畑になった。町は通りの両側で一つの町をなす両側町になり、町境の道には木戸を立てて守った。1590 年に秀吉が京の町割りをやり直し、翌年に御土居で囲む。近畿では 16 世紀末から、瓦葺きで壁を厚く塗り込め、虫籠窓と卯建を持つ町屋が増えるが、板葺きの石置きもまだ多い。暖簾に屋号を書くのもこのころから。

    この時代の種類 32 種

  4. 江戸前期

    1603–1715Early Edo

    江戸は板葺き石置き。明暦の大火(1657)のあと広小路・火除地

    江戸の町人地は、通りに面した奥行 20 間の土地を間口 5〜6 間の短冊に割り、表に店(表店)、裏に長屋(裏店)を置いた。屋根は板葺きの石置きで、柱を見せる真壁に、腕木で軒を深く出す。1657 年の明暦の大火で江戸の大半が焼け、広小路と火除地を設け、道幅を決め直した。日本橋通りは 6 丈(約 18 m)。三階建ての町家はこのころに消える。屋号を染めた暖簾が元禄のころに広まる。

    この時代の種類 42 種

  5. 江戸中・後期

    1716–1853Mid & Late Edo

    1720 から瓦・土蔵造・塗屋を奨励。後期の江戸は黒い土蔵造の表通り

    1720 年、江戸の町奉行が町家の瓦葺き・土蔵造・塗屋を勧めた。強制ではなく、瓦は 18 世紀を通じて少しずつ増え、1792 年に焼けたあとは瓦葺きだけと決まった。江戸後期の表通りには土蔵造の店が並び、京坂では厨子二階と虫籠窓、千本格子の町家の型が定まる。町の両端に木戸、四辻に自身番、10 町に 1 つの火の見櫓。名所図会と浮世絵がこの時代の町の姿を多く残した。時代物の背景でいちばんよく描かれる時代。

    この時代の種類 42 種

  6. 幕末・明治前期

    1853–1889Bakumatsu & Early Meiji

    居留地の洋館、煉瓦街、ガス灯、人力車、乗合馬車・鉄道馬車

    1859 年に横浜・長崎・函館が開港し、居留地にベランダと下見板の洋館、煉瓦と石の商館が建った。東京の町並みが変わるのは 1872 年からで、銀座の大火のあとの煉瓦街、新橋〜横浜の鉄道、ガス灯(1874 年に銀座)、人力車(1870〜)、乗合馬車、1882 年の鉄道馬車が通りに加わる。地方では、棟梁が洋館をまねた擬洋風の学校や役所が建つ。それでも町の大半は江戸から続く木造の町家。

    この時代の種類 56 種

  7. 明治後期

    1890–1911Late Meiji

    電灯・電話・電柱が増える。市電、市区改正の広い通り

    電灯と電話が広まり、通りに電柱と電線が増える。京都(1895)に続いて東京(1903)に電車が走り、市区改正で道が広げられ水道が引かれた。丸の内には赤煉瓦の事務所が並び(一丁倫敦)、1911 年に日本橋が石のアーチになる。1901 年に赤い鉄の丸ポストが現れ、1909 年に板ガラスの国産が始まり、京坂の町家は本二階とガラス窓へ移っていく。鉄道の国有化(1906)で、木造の駅舎が全国の町の玄関になる。

    この時代の種類 56 種

  8. 大正(震災まで)

    1912–1923Taishō (to 1923)

    タクシー、自転車の大衆化、文化住宅。木造の町並みはまだ江戸の延長

    1912 年から 1923 年 9 月 1 日の関東大震災まで。江戸から続く木造の町家の並びに、洋風の商店・銀行・カフェー・電柱・市電が混ざる、新旧が同居した通り。1912 年にタクシーが走り、自転車が大衆の乗り物になり、1914 年に東京駅ができた。郊外の電車の沿線には、和風の家に洋風の応接間を付けた文化住宅が建つ。1920 年から大都市の建物は百尺(約 31 m)までに抑えられた。震災が、東京と横浜の町を大きく変える。

    この時代の種類 56 種

  9. 震災後・昭和初期

    1923–1945Post-quake & Early Shōwa

    看板建築、鉄筋コンクリート、円タク・市バス、ネオン、ラジオ

    1923 年 9 月 1 日の関東大震災で、東京市の 4 割余りが焼けた。復興の区画整理で昭和通りなどの幹線、隅田川の鉄の橋、鉄筋コンクリートの小学校ができ、1930 年にほぼ終わる。焼け跡には、正面を銅板やモルタルで覆った看板建築の商店が並び、同潤会の鉄筋コンクリートのアパートが建った。市バス(1924)・円タク・地下鉄(1927)が走り、ネオンとラジオ(1925)が町の夜と暮らしを変える。京・大坂の町並みは震災では変わらない。

    この時代の種類 58 種